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せめて夢でもみようか
少しアンテナをあげてみる。
入射角を変え、少し眺めてみる。
また、それとは別に名作といわれるものを手にとって紐解いてみる。
これらのことを通じて、見方をずらしてみると、それだけで随分と気付かされることが多いのです。
本当に驚きの連続です。
他人が用意した枠の中で遊ばされている内にマトリックスの外はとんでもないことになっていて、同時に「こりゃまいったな……お手上げだ……」というつぶやきを口にするのが精一杯になっていることにも気付きます。

だから「芝居をする」のです。
自分で枠をつくるという手段をとるという心根ではなく、単純に夢を現出してみること。それを晒すことで「抵抗」を企ててみる。
「芝居をする」ということは抵抗なのです。
変わりゆく環境に対する抵抗。
最も身近な空気の変化に対する抵抗。
変容する己自身の心・身体に対する抵抗。
その抵抗の結果を晒し、どなたか知らないあなたと時間と場所を共有する。
そのための用意をし、お待ちしているのが翻って「芝居をする」という行為だと、今は思います。

時間と空間の皮を、ほんの一皮剥いてみるとその向こうには白か黒か勝負をしているのっぴきならない大きなもから、それと同等ののっぴきならない小さなものまで「岐路」だらけ「決断」だらけです。
そして振り返れば「岐路」だらけ「決断」だらけでした。
今この瞬間に立ち止まって「夢」をみる一瞬くらいあったっていいじゃないかと思うのです。
[2007/11/23 09:06] | シバイ | page top
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