5年ぶりの泉鏡花戯曲大賞
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総花的といいますか、多くの行政主導の文化事業の場合、いわゆるこの状態に陥ってしまいがちに思われます。確かにそれぞれのパーツはうまくいっているのに、肝心な全体というか、その事業そのものはどうなのかというと、なんだかなーといった物になるものが多い。これは行政のものではないのですが去年の紅白歌合戦は例としては適切で、そのパート、このパート、あのコーナー、そのコーナーは一つ一つもの凄く良くできているのに一体感がない。そもそも何の番組だったか?の座標が揺らいでいるのに構成している要素はどれをとっても申し分ないという状況。

個人的にこの時間帯だけはハズさないで楽しみにしている「紅白終わり際の11:44分から行く年来る年がはじまった11時46分までのあらたまる瞬間」でさえ、あいた時間を埋めるためとはいえタモリさんとマツコさん(すごくウラ読みのできる興味深い時間帯ではあったのですが・・・)を間に挟むのはカンベンして欲しかった。そのグダグダ感はもう少し別の企画でやって欲しかったかなぁ。

それはさておき、行政主導のイベントはと言えば「きちんと予算を執行したかどうか」しかないと言っても過言ではないのです。
この予算執行ありきのため酷い目に遭ったある屋外の行政発注イベントの思い出があります。
自分の仕事は夜の公園に蘇るその公園のキャラクターに扮し、しかもそれがMCも務めるという無茶ブリだったのですが、そんな事頼めるのはあなたしかいないといわれ、それならよろず屋的に使ってもらってナンボの私。受けました。ところがその日は嵐が接近して公園周辺は冷たい風と大粒の雨。客もいない。延期かなーと思った矢先、現場の立ち会いの行政官が、期日通りに予算の執行が行われなければならないと言い張るので、関係者しかいない中、そのイベントはスタートします。雨が目に入り正面を向くことすらできず、これまた台本は水浸し、ベタベタでめくることすらできず。ビニールカッパなど役に立たずメイクはおち、テンションダダ下がりの中、誰に見せているか分からないパフォーマンスを、カラの客席に向かって延々と予行演習のように行うのです。・・・どうかしています。そしてこれで予算は執行されたと行政官は満足なさったそうです。。。。現場は振り回されバカにされ踏みにじられたのです。泥水すすってそのあとはなしのつぶてです。その行政官のメンツと書類作成のための仕事につきあわされただけだったわけです。こんなものか行政はと幻滅しました。

時は過ぎ、まったく思いも寄らぬカタチで「演劇の演出」のおはなしがきたのが5年前。前回作の「囮」でした。不思議な縁です。これも困難を極めましたが、携わった皆さんのおかげで、金沢のアマチュア演劇愛好家が世界的アーティストの力添えもあり行政から信頼を得、ある意味「大人な」「仕事」を完遂させていただいた。「できるのだ」、という思いがありました。
そしてまた5年経ちました。
この作品「世界はあなたの物」が選ばれたことに、ある感慨を持っています。
「囮」以前の作は戯曲賞そのものの方向性もあったかも知れませんがどちらかというと総花的なものになってしまう傾向が強く、結果としてできあがったものが鏡花ワッショイ的・・・現代社会とは乖離した・・・そういう意味では社会に関わることを意識的に避けて婉曲に長閑さをよそおいつつのそれだったのかも知れないと断りを入れつつ、そのソラシはまず考えられないくらいに、超然と切り取られた別世界のおはなしとしてショーケースに収め鑑賞されるような物になっていたのではないかとお見受けしました。これはイデオロギーのこともあったかも知れませんが、実際、荒川哲生氏(故人)の活動においてその選外作品が上演され、コミンテルン的アジテーションの素描と鏡花作品の対比のなどが屈託無く描かれていました。作品は二つの世界を同居させ、たしかにゴリ押し的な稚拙さを感じさせましたが、現代社会に対する問題意識はありました。鏡花自身もその作品世界において暗喩を持って世の流れに棹さす意思もあったところを汲んだ、正面から世に問うた試みであったと考えられます。
しかしながらこういったことがすでに冒険とされたか、単純に作品の描き込みの優劣か、事なかれ的な雰囲気もあったのかも知れません。「予算の執行」たる行政の事業という所も有るのかも知れません。上演当時の様々な機微を荒川作品は思い起こさせます。

さて今作においては(市HPよりダウンロード可)イデオロギー(ideology)を微視的にのぞき込めばおのずと根源的な問題意識に行き着き、その発露の先が泉鏡花「外科室」であることを嗅ぎつけ、それを翻案(adaptation)拡張(extension)強化(enhanced)し現代社会に関わって(commit)いく。その作品世界の共存の仕方が平行(parallel)ではなく変容(metamorphosis)でもなくむしろ真正面からの問いが試みられている。このような方向性の作品が選出されたことは、まさにこの金沢に対しての選者の期待とともに泉鏡花戯曲大賞を踊り場から上階へと押し上げようという意識が働いているのではないかと密かに期待しているのです。もしかするとこれがキッカケになるのかもしれない。そう期待させるものがあります。

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今般、看護師役を数名募集しました。
稽古期間は主に9月から本格化します。
11月が本番です。
金沢市民芸術村ドラマ工房です。
どうぞふるってご参加下さい。
ものごとには盛衰というものがありますし、抱えても墓場に持って行ける物などなにもないですし、老いのカタチも人それぞれですので、私もどう関われるか未知数ではあります。でも鳴海康平さん、山田洋平さんはじめ大海を知るアーティストや素晴らしい方々と自分の生まれ育った土地に関わる演劇づくりに携わることの幸せを感じています。
空の深さを知るものとしてそこに居られないかと倦んでいます。

いいね金沢
第5回泉鏡花記念金沢戯曲大賞
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11020/bungaku/gikyoku/gikyoku_5.html






[2017/02/19 08:00] | シバイ | page top
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