部活動が減っている 特に演劇部
金沢は文化都市であるといいます。
確かに以前から伝統文化の保存・継承に手厚く、謡が空から降ってくると言うくらいの土地柄なのですが・・・
様々な世界観を「板」の上に提案する総合芸術教育としての演劇部活動。

今それが石川では減少しています。

活動が減っている 特に演劇部

能登地区や加賀地区は激減。
金沢レベルで見ますと高校はかろうじて半減で留まっていますが、中学は壊滅状態です。金沢市にある中学の内2~3校しか演劇部を維持していません。しかもそれに入部している生徒は1校5~6人程度ですので、金沢市全市で演劇部活動に向かう中学生が多く見積もっても20人程度という……この子達がそのまま高校で演劇を志すかどうかは定かではありませんが、レッドデータブックものの絶滅危惧種なのです。
演劇という比較的自由な表現活動に対する理解と、活動の実際において、金沢の文化度、つまりは生活の内実はそれほど褒められた状態ではないのではないかと・・・
つまり「衣食足りて礼節を知る」です。(飛躍御容赦!)
8時間働き、8時間自分の時間を持ち、8時間寝る(ムヒカ氏)というのが重要なイメージだと考える自分とすれば、隣県の富山・福井の方が、様々な形で子供が学校現場や生活周辺で表現の場にいられる状況があり、人材の枯渇などということが深刻になっていないところを見ると、金沢が文化都市の看板を掲げることそのものが危ういのではないかと実は危惧しています。

今年20周年を迎える金沢市民芸術村という画期的な施設も結局のところ次世代の育成、などの面で幾何かの関わり合いは発生しているのですが、体系的なものになるには成長半ばで、未だ「市民が安く使える稽古場」「安く使える劇場」という発想から出ていないのが厳しいと考えます。
20周年を迎えた、いまこそ、発想の転換と、もともと持っていた使命と理想の再確認、広く人々に対して関わりを持っていくことが必要だと思います。
ちょうど今年の10月から10週間あまりを費やし記念演劇祭が行われるようです。ここに集う地元演劇愛好家をコアとして「市民自治」の扉を開いた「金沢市民芸術村」のことを「考え」「開いて」いくことが求められるのではないかと考えます。
演劇のもつ可能性を拡大し、土佐の長宗我部氏による一領具足的(あくまで文化活動を行うこととして解釈しています)、生活の横に文化表現活動を置く豊かさを拡張することこそがこの金沢という土地に福利をもたらすと考えるのです。


さて演劇部のことに話を戻します。

演劇部の効用・・・効用というカタチではあまり唱えたくはありませんが、この際、例えばで申し述べてみます。

例えば

・・舞台を創出するためには、相手のことを考えることや、様々な仲間との連携が必要になりますので、コミュニケーション能力の向上にも役に立つと思われます。

・最近求められるプレゼンテーション能力の向上にも役に立つと思われます。

・小とはいえ演劇部は組織ですので、部内をまとめ上げるためのリーダシップも求められます。

・一つの事象を様々言葉で言い換える語彙の発達が期待できます。

・舞台の上では最終的に肉体で表現するため、身体訓練も一定量必要になりますので、アスリートとはいいませんが、鍛錬が必要です。若い十代のウチに取り組めば身体能力の拡張が期待できます。

・温故知新ということで名作に「音読」というカタチでふれたりすることも期待できます。

・技術を磨くということにおいては芸能なので、何らかの芸能を身につければ、座持ちが良くなるかも知れません。

・「美」的なものを追求するということにおいては芸術でありますので、美的センスが培われ、人生のなかでそれが使える時が来るかもしれません

ま、半ば冗談のような感じになりつつありますが、少し考えただけでも演劇の及ぼす効用・影響は多岐にわたり、まさに総合的なものであることが想い描くことができます。

反面、金沢では昨今、勝った負けたがハッキリしているものが重用される傾向にあるようですが・・・

これなど大手広告代理店の提供するプログラムに乗ってしまった方が一部の人が儲かる、事は有る、かも、知れませんが・・・
地域に流通しているお金を吸い上げ、どこかへ移動してしまう手立てにも見えなくもない・・・w。
もし地方がそのような事を考えているとすればあまり褒められたことではないのは当然ですね。

おそらくは混乱が大きな原因だと思います。
混乱を起こせ・・・どこかの会社の鉄則ですねw。

昨今の教育現場の変化(混乱)が大きく影響しているものと思われます。
聞くところによると、勝った負けたがハッキリしている分野の活動をする教師は異動の際、配慮があるようですが、それ以外の分野の活動をする教師の異動の際には、むしろその部活がない学校へと移動させられる事例が多いとのこと。
・・・人事に於けるパワハラ?ですか?ねぇ(+o+)。
実際、高校演劇県大会の審査をやって「あれ?去年の先生は?いないですね?」という事例が見受けられますしねw。

現場ではミスマッチがおきている可能性を感じます。

いずれにせよ情報の少ないこの状況からですが、ムリクリ読み取ると「使える・使えない」がキーワードのように見えます。
だれにとっての「使える・使えない」なのか。
これは考える必要がありそうです。


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★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK211 > 130.html
「ぼんやりしてたら大変なことになる。憲法守れの声が湧いてほしい」市原悦子さん
http://www.asyura2.com/16/senkyo211/msg/130.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 8 月 11 日 18:00:05
   
「ぼんやりしてたら大変なことになる。憲法守れの声が湧いてほしい」市原悦子さん
http://ameblo.jp/takumiuna/entry-12189281460.html
August 11, 2016 かばさわ洋平

ぼんやりしてたら大変なことになる。憲法守れの声大きく!

戦争童話朗読を30年にもわたって続けている市原悦子さんが、今こそ憲法守れの声を大きくしていかなければならないと訴えています。戦後71年の夏、戦争の悲惨さを引き続き語り継ぐことは本当に重要であり、みんなが声をあげていくことで変わっていくという言葉をかみしめて私も声をあげていきたいと思います。




やはり「法」によって統治され、人々の生活や命や考えが保障されるというのはとても重要であると考えます。

創造力があり、想像力がある。そして行動力を伴う。

誰かにとっては、都合が悪いことかも知れません。

でも多様性が担保されていると
危機が起こった際、
その集団が生き残る可能性が増えるのは
もう実証されているはずです。



[2016/08/12 11:37] | シバイ | page top
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