こわれたおもちゃをだきあげて

この国の秩序らしきものは一般国民の「積極的に知ろうとしない態度」によって保たれている。 メディアは国民の「積極的に知ろうとしない態度」につけこんでマインドコントロールをしている……

表現全般において、通解、エポック、話柄、美的要素を求めたり、憂さ晴らし度を延展するのはもちろん、相反して芸術では世界は変えられないという諦念を底流としたパンキッシュであることに慰みを求めるなど、ある意味、やれることはやり尽くしてしまい、もはや職人的熟達の究極を見世物とするくらいしかない状況のなか、演劇はそれでもウニャウニャとアメーバのように人と人の間をさまよい歩き、あなたの探していたものはこれではないですかと?と差し出してくる。

そのようなすぐれた脚本に出会った。

金沢などという田舎にいると、世間に繋がる方法としての演劇より、つい、引き籠もるための演劇を指向してしまいがちで、先頃みたいくつかのエンゲキも見事につくり仰せているのではあるのですが、結果として壮大なプレゼンであったり、自己宣伝の類から一歩も出ていない代物であったりする。これは表現者も生活がかかっているので事情は痛いほどわかるのですが。。。結局、田舎とはいえ官吏近傍でトリクルダウンを期待するのが企業努力だったりする。


そんななかで、母体はれっきとしたプロであり、その下部組織としてある意味アマチュア演劇の誠実な部分を体現している表現集団tone!tone!tone!の芝居を観た。


極めて「今」を突いている脚本。

表現集団tone!tone!tone!は脚本選びが秀逸です。

どうぞ劇場でご覧下さい。
(田舎の下級官吏は、結局、こういうものを探し出せない。噂を聞き、たどり着いた時には旬を逃す。誰の税金で食っているのだと言いたくもなる。)
(納税者に還元する際の発想の転換が必要で、大半がアマチュアであることを考えれば、おのずと官吏の目の付け所、予算を差配する際の考え方に変化や影響が出てくるものです。評価の固まった巨大な根無し草をどこかのコンペで大枚はたいて買ってきてひけらかし手柄にし自慢するのは、もはや恥ずかしいことなのです。)

選んだこの脚本は、「百姓のもちたるクニ」を平定し、御上の重役を我が藩に受け入れ、厚遇することで、中央の情報を得、百万石の加賀藩を安泰に導いてきたここ石川で上演するにはうってつけの道具立て。


今、世界ではトルコでは政変が企図され、フランスではCIAの下部組織が蛮行を策し、国内では大本営が復活しその政治宣伝が極めて洗練されたカタチで行われています。

哄笑で隠された向こう側で非道が行われているのです。


カッコつける必要はなく、むしろ赤裸々に。

声に出すことが恥ずかしくないことだということ。



芝居がキッカケになって「想う」ことを思い出せるかも知れません。

この芝居がキッカケになって「概念」をはずしてみることができるかも知れません。(少しネタバレ(_ _))


あれもこれも、自分が能動的に、そして「求める」とともに「譲る」をバランスさせることができれば、できるかも知れない。


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