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使える“演劇”
演劇と地方文化行政の話です。

劇端会議Ⅲ
「誰にも迷惑かけない」
「雨ノ寂」
「3人のよしみ」
「ふらっと、世界」
4本の北陸の作家の短編劇を大切にかけます。

私が代表を務めさせていただいております劇団110SHOW(いっとうしょう)という金沢のアマチュア劇団が、金沢市民芸術村と一部提携する形で、金沢市民芸術村アクションプラン実行委員会の主催事業に参画いたしました。

内容は「かなざわリージョナルシアター」という試みです。
「地域演劇」と訳されることの多いリージョナルシアターですが、実はこの直訳の語感からは少し離れたところにこれまでの歴史があったようです。
カタチはどうあれ「金沢版」というローカルルールでの試行をやってみようということです。

ここ最近、110SHOWが展開している「++PlaySeries(プラプラプレイシリーズ)」と名付けた稽古場公演や「劇端会議」と名付けた北陸の作家(劇団/ユニット)の作品を展開するショーケース公演などはまさにその例ですが。
「面白いことをしたい」。金沢という一地方都市ならではの切り口で。
という基本的に賛同できるイメージが多いので企画に参画することを決めました。

この企画の推進役の井口時次郎氏(金沢市民芸術村ドラマ工房ディレクター)のいう「あえてガラパゴス化を」という言葉に現れているひとつの頑ななまでの文化行政への市民参画のこだわりにもシンパシーが湧きます。

なんと言っても金沢市民芸術村ができた当初は「市民が自主管理」「24時間眠らない施設」というのがうたい文句でした。
それは今も変わっていないはずですが、様々なところで変節や劣化が起きています。

その具体的な内容はここでは展開しませんが、そんななか「行政が文化行政の一部を全面的に市民を信用して任せ、それをサポートする。任された市民は全力でその負託に応える」という奇跡の信頼関係が産んだ、施設、金沢市民芸術村を再生できる可能性のある事業だと考えています。




平成27年4月12日(日)金沢市民芸術村にて金沢学院大学 演劇部 演劇集団ROUGH第16回公演「ZAO-ザオウ-」観劇させていただきました。

お疲れ様でした。

この2時間にも及ぶ大作をキャスト6人で切り盛りしていました。
大変だったろうと思います。部員の皆さんは皆、作家の世界観に対し献身的な素晴らしい働きをしたと思います。(拍手)。

私はZAOの劇中、ずーっとこの「ZAO四世」は、今の誰かに似てないか?と思ってみていました。
そう、我が国の宰相氏です。
ところがこのZAOにはアベノミクスのミの字も出てこないにもかかわらず、ふとそんな印象が頭をよぎる。

ザックリとしたあらすじは。
現代。 どこかの島にある旧宮殿に観光で訪れたはずの見学者カップルが、いつの間にかファザコン、マザコンで引き籠もりのダメダメな王とそれに従う側近や臣民の「世界」に参加させられ、次第にその世界に同化していく。 クライマックスは突然外部から「大砲」でもたらされる。 臣民はそんな王でもいつかは「たって」くれると思い最前線へ身を投ずる。 ダメダメだったZAO四世は最期に誇り高く立ち往生。 そしてその宮殿に捕らわれる人が見学者カップル入れ替わり、次の獲物を待つように積み上がる・・・。

国会での物言いや振る舞いと、実際の仕事。
喧伝される虚像と、その実像の違い・・・多分、安倍氏もすごく些末な感覚で政治に携わっているんだろうなと思えて、そう思うと妙な生々しさを感じてくるのが不思議です。
現実世界では、こんな宰相を頂いた国は滅びるなぁとか、想像を豊かしてに観ておりました。

昨年やらせていただいた「アメノイワト(小川功治朗さん作)」という本を思い出しました。これは古事記の登場人物の関係を現代の芸能事務所に置き換え、現代ドラマに置き換えていました。

「想像を豊かにする」

……というのが大切で、時間もカネも人間関係も全て限られた中、さらに飽くなき追求をせよと求められている現代人がミヒャエルエンデの「モモ」のように、ほんの少しとは言え「大切な時間」を取り戻すことができるチャンスが与えられる「観劇という行為」

これは使うコツを覚え、使ってみると、いいものですよ。
[2015/04/18 01:07] | シバイ | page top
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