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いしかわ演劇祭2011 シンポジウム 雑感
祭りは終わった。

原発事故と演劇は今回どう関わったのか

シンポジウムが開かれた。

状況としては実は何も好転しおらず、むしろどんどん地滑り的に悪くなっている。
考えたくない、直視したくない状態に陥っている。
マスコミは、都合の悪い事は覆い隠し、政府東電のアリバイ作りに一役買う事ばかりを考えている。

グルだからな……仕方が無い。

兵站が細る中必死になって大本営発表をやり、サーカスを提供し続けている。

そんななか「癒やし」として人々に「忘れ」と「娯楽」を提供する「慰問団的」振る舞いをするのが、演劇の主な役目なのだろうか?
それとも不安や不満に憤り、権力の理不尽さを訴え、戦いの最前線に飛び出していけば良いのか?。
もっと他のなにかがあるのか?


シンポジウムが行われた。

ウィキペディアによると

シンポジウム (symposium) は、古代ギリシャの饗宴(Συμπόσιον symposion)に由来する、「研究発表会」「討論会」をさす言葉。「シンポジウム」は特定の言語での読みではなく、ラテン語では「シンポシウム」、英語では「シンポジアム」である。

本来はいっしょに酒を飲む、という意味。プラトンの対話編『饗宴』にもその様子が描かれている。
現代のシンポジウム [編集]

一般的には、あるテーマを決めて広く聴衆を集め、公開討論などの形式で開催されることが多い。現在の日本でも新聞社や企業、自治体、研究団体などが主催して様々なシンポジウムが行われている。もっとも多く見られる進行方法は、まず第1部で基調講演が行われ、その後に第2部としてパネルディスカッションが行われる。この他、小グループの活動報告や、余興(例:和太鼓)が行われることもある。

パネルディスカッションではあるテーマを議題として、数人の論者(パネリスト、パネラー)が意見を述べ、互いに討論を行ったり、会場から質問を受けたりしながら進行する。論者の選定がポイントであり、また司会者(コーディネーター)の役割が重要である。事前に打合せを行っておかないと、かみ合わない話のまま進行してしまう事例もまま見られる。



はてなキーワードでは

symposium?

何らかの問題についての意見や研究結果の発表会。ギリシャ語で「いっしょに飲む会」というのが語源。


とある。

重いテーマで「いっしょに飲む」っていうのはなかなかたいへんだ。

皆口を開けばどう関わりを見つけ出していこうか、悶々とした葛藤を抱えた言葉が続く。
そのお葬式のような状況にも誰一人席を立つ事無く見守っている。

自分が時間を読み違えて、30分以上のオーバーとなってしまって申し訳なかったと思っていますが、少し垣間見えてきた事がある。

すべての「戯れ」が吹っ飛んでしまうほどの空気が迫ってきた。ただ立ちすくみ、「想像力」を遮断して対処しなければならないおおごと。
それは現在も進行中であり、対処し続けなければいけない局面である事。

この衝撃の大きさ、もどかしさ。
笑うTVショウ、鳥肌。沸くスタジアム、ヤバさ。
なにも受け付けない静けさ。

だからこそ演劇するものは「想像力」を働かせることをやめてはいけないということなのだろう。



檄団トラベルボンバーズの石川さんの発言。
「劇中、周りにいた若者たちがあっという間に死んでしまうシーンがある、それがね・・・・」っと、あとは嗚咽で言葉を詰まらせた・・・。

この心動く言葉が聴けたとき、後は着地しかないなとMCとしての自分は舵を切り出している。
このあたりがちょっと職人なんだな、へたくそな職人。
そんな職人にならなくても良いのに、石川さんに駆け寄れば良いのにと、四〇%くらい思いながらも。
[2011/11/07 12:35] | シバイ | page top
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