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胸いっぱいのメタファーを⑥(いしかわ演劇祭2011の雑感・感想文のようなものですね。)
札幌ハムプロジェクト「ジャマコ、せかいをすくう。」
作・演出 すがの公

やはり、可愛かった。
札幌ハムプロジェクトの「ジャマコ、せかいをすくう。」は、その期待を裏切る事無く、下から目線で油断させ、そして時間が経つほどに“可愛らしく”“愛おしく”観る者の心に忍び込む。少し意地悪な書き出しだけれども、札幌ハムプロジェクトの醸し出す「無垢」な時間がまぶしくてしょうがないからこそのレトリックだとご理解いただきたい。

なんと言ってもワゴン一台。
それも「ハイエース」クラスのラージタイプではなく、「ノア」クラスのミディアムサイズワゴンに役者5人と道具一式を詰め込んで日本中を回ろうって言うんだから、若くなきゃできっこない。
定住する民族である日本人のなかで「旅」をしながら「劇」するものはやはり「異」なものとして写る。 
主に「同」なものの中で「劇」を仕組む金沢の演劇人にはそれだけで羨望のまなざしだ。
主宰のすがの氏は“観客を探しに出た”といっているけど、なんちゅうかこの人にも「人生差し出してる感」というか「迫力」を感じる。
作品は、題名は震災前に考え、内容は震災後に考えたという。
震災後は不覚にもテレビを見てしまい、テレビの情報に感染したという旨の自戒をしている。

ものづくりをするものとしては、そうだろう。

インプットされる部分にすでになにか二次的な意図(エディートリアル)が忍び込んでいる。
そこを元にしてアウトプットをしようとしても、すでにそこで起きている「生」の事とは似ても似つかないものになる。
でも、すがの氏は、だからといって一次情報を求めて戦わないという。
芝居の上演で行った先で出逢うことがらもあるが、自分が行ったところで何ができるというわけでもなく、ただその話を承ってくるだけ。風景を一緒に眺めてくるだけ。
寄り添う事も必要だが、ものを作るときは、むしろ遮断する。引き籠もる。
これは「自分の身近にあるものしか、表出できるものはない。」と考え、身近な自分の「生」に向き合う態度が糸口なのだと考えているのだろうと思う。

で、芝居はね、もうね、有り体にいえばね、「やられた」感で一杯ってこと!
だって可愛かったんだからいいよね。愛おしかったんだもんね。泣けてきたから、それでいいじゃんってこと。

ジャマコは、世界を救ったのだ!。

去年の演劇宴会然とした雰囲気と違って、芸術村PIT2に相呼応して「見せる」芝居になっていた。
でも、それで全然かまわないっていうか、それでいい。

演劇を仕組み、どうやってその時間を良いものにしていくか工夫をし続けている者としては、非常に示唆に富んだ時空。

「まぁ、みんなタイヘンだな」と、いつの間にか寄り添い、「(すがの氏がいうとことろの)無駄なものでもみてくれよ。」
「この無駄に比べたらあんたの無駄は価値があるよ」といわれているようなもので、なんだか「幸せの黄色いハンカチ」的、シェーンカムバック!なのだ。

「旅する演劇」のなせる技だねぇ。


いしかわ演劇祭2011Dプログラム 2011/11/05
札幌ハムプロジェクト「ジャマコ、せかいをすくう。」
【作・演出】 すがの公
【出演】 天野さおり、彦素由幸、小川しおり、大澤恵衣、渡辺友加里
[2011/11/06 08:31] | シバイ | page top
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