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胸いっぱいのメタファーを②(いしかわ演劇祭2011の雑感・感想文のようなものですね。)
古典落語のオチからでたコマ。良い意味での大学生演劇的大らかさとこだわりの空気。

coffeeジョキャニーニャ「まんじゅううまい」
作・演出 新津孝太

芝居そのものが終わったあとはなんだかピンと来なかったが、時間が経つに従ってジワジワ来る感じだ。
前半の落語のネタから芝居にする部分はちょっと重いけど、そのあと後半のなんちゃってRPGネタはものすごく楽しめた。
まさに「考えオチ」。
作・演出の新津氏の感性と知性、反骨精神の高さには、も・の・す・ご・い・も・の、がある!。
故 中島らもさんがもし金沢にいたらこんな感じだった?かも?

純化するという意味では、少し方向が違うのだろうけど、檄団トラベルボンバーズと趣を同じにするところがあるように思う。
あえて忌憚なきところを述べればそれは、本格派を気取らないというところではないだろうか。
自ら本格派を名乗っても良さそうなキャリアに到達しているcoffeeジョキャニーニャにして、敢えて本格派のにおいを忌避し、むしろ「本格派狩り」といっても良いくらいその臭いのするものをくじる、おちょくる。
そしてその実、ものすごくリスペクトしてたりする・・・実にアンビバレンツな少年少女たち、それがcoffeeジョキャニーニャ。

「まんじゅううまい」後半、唐突にRPGの勇者の旅立ちのシーンとなる。ここからが真骨頂。
どうしても旅立つ事ができないロールプレイングゲームの主人公、旅立とうとすればするほど武器屋までの道は遠く、必ず「中ボス」以上の強敵にやられてしまい、終いには自身が倒すべき悪のボスになってしまう。
夢オチのようなラビリンスを前半の落語ネタからつなげサゲとするあたりの、手練れ感MAX!

そのまま観ていても充分に面白いのだけれども、少し深読みをすると、実に面白い気づきがあることがわかる。
身近に潜む敵に簡単に殺されてしまい、いつまでも旅立てずに本来のゲームにすら手をつける事ができない。

始まらない勇者の物語。

これを今の日本や自分たちを取り囲んでいる世界の比喩として観たとき、フッと腑に落ちる。
本当の敵(黒幕)は身近にいる。
テレビ君なんかけっこうそれじゃないかと思う。

ちょっと本題からは外れるのだけれど・・・
笑える「間」はけっこう仕掛けられてて、もっとドッカンドッカン来るべきだと思ったのだが、会場はそれほどでもない。
これは金沢のお客様の特徴として、実際の会場の時空はドッカンドッカン笑いの渦という感じに来てないのに、感想では「すごく笑えた!」「おかしくて涙が出た!」というのが書かれていることがある。
感想に書く前に是非その時その場でドッカンとやってくれないかなぁと思う事が多いが、金沢の持つ特性というかDNAというか・・・。
「これは完璧評価がいいものです。」となったときの安心感からくる便乗感はものすごく、それこそ会場が渦巻くほどの大ウケも起きる。
でもドッカンドッカン笑いが来れば良いのかというとそういうものでもないし、奥ゆかしいのか、何なのか・・・。

むずかしいものだ、芝居は。


いしかわ演劇祭2011Aプログラム 2011/10/28
coffeeジョキャニーニャ「まんじゅううまい」
【作・演出】 新津孝太
【出演】 coffeeジョキャニーニャ
[2011/11/05 12:27] | シバイ | page top
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