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胸いっぱいのメタファーを④(いしかわ演劇祭2011の雑感・感想文のようなものですね。)
檄団トラベルボンバーズ
「時に君は君でなく、そして僕は戸惑いの空間で揺れる旅を続けてしまう」

 このタイトルにルビを打てば「ときにきみはきみでなく、そしてぼくはとまどいのくうかんでゆれるたびをつづけてしまう」となる・・・。

 仮にこれの「君」は「王」、「僕」は「しもべ」という意味で読めばどうなるだろう。
「王は王ではなく、しもべである私たち庶民は、ただ戸惑いそれでも生きなければならない・・・」とでも意訳してしまうと・・・ま、かなーり無理があるけど。そう読むと作・演出 熊野氏がこの題名に込めた「時代の解釈」が明確になってくる気もする。

 芝居は非常に手練れ感のあるエレピとアコギのユニットの演奏からはじまる。
この二人は楽士として「客入れ」から「終劇」まで舞台奥下手よりに控えて音楽と効果音を奏で続ける。この楽士から芝居がはじまる旨の、シェイクスピアばりの口上を聞く事になる。

 「芸術村で公演するのは初めてですが一生懸命がんばります。笑えるところは大声で笑ってください(だったかな?)」これはまた、人を食ったような口上で、このあとの展開に一抹の不安と期待を抱かせるのに充分な仕掛けである。

 その後、楽しげな出演者が次々と現れ、グランドホテル形式よろしく学園でのドタバタから「アナホリ・グローバリズム」という会社の怪しげな核燃料再処理工場らしき中間貯蔵所の現場へその生徒たちが動員される様子が描かれる。
 後半、その「アナホリ・グローバリズム」の現場でおそらくは使用済み核燃料の入ったボトルを並べるという作業へと場面が変わる。
 そのときの衣装の変化の異様さになんとも言えない不可思議さを感じた。
生徒たちが無邪気に、自由闊達にやってる学園然としたカラフルな感じの生命力に溢れた舞台が、白装束にカラータイマーのような線量計を胸に下さげてという出で立ちで再び生徒が整列したとき、ドリフの少年少女合唱隊を彷彿とさせつつも、明らかにゾッとする印象に変わっている。
 みなウキウキした感じ。それが逆に痛い感じを送ってくる。
 3月末、AERAが「放射能がやってくる」と銘打って表紙にしたあの妙な感じが蘇ってくる。

 現場監督の指揮の下“マニュアル通り”の作業をする生徒たち。
遠くから不安な視線を送る教師たち。
 仕事よりも恋愛や不倫を語りあい、告ったり告られてたりで、なんだか楽しげな現場の人たち。

 さてその芝居のタッチなのだけれども、彼らの芝居はお世辞にも洗練されているとは言いがたい。言い方は悪いがどう見てもパっと見は田舎くさい素人芝居なのである。ところが最初の印象から20分もたつと、「これはひょっとして、意図しているのか?意図的にやってるのか?」と思えてくるから不思議だ。

その証拠に、彼らはトチらない。
決定的にセリフを見失い芝居が頓挫する事がない。
どこかヨタヨタしているのは、原石のような第一印象のきらめきと、ここでの出逢った感じを大切にしているからなのではないかという意図を感じ出す。

 トラベルボンバーズの芝居にはここ最近北陸にやってくるテント系芝居「どくんご」や「楽市楽座」、今度やってくる北海道の「ハムプロジェクト」へのオマージュの様なものを感じる。
 つまり「下から目線」、目指せ「演劇宴会」なのである。

これは大切な事だと思う。

 けっして潤沢に時間があるわけでもないだろうし、これだけのメンバーを集めての稽古は頭数もそうだが仕事との兼ね合いなど考えるとそうそうできるものでは無いと思う。
 寸暇を惜しんで彼らは個的に、パーツごとに、ユニットごとに地道に稽古を重ねてきたのだ。
じょうずになる事の対極にあるものを目指して。

 むかし「DEVO」という音楽グループが「人類の退化」をテーマに掲げ、テクノの先駆けとして活躍していた。人間の音楽があるなら「洗濯機」や「掃除機」に音楽があっても良いはずだと、ステージ上には洗濯機や掃除機がうなりを上げていたらしい。
 そのメジャーデビューシングルがあのストーンズの「サティスファクション」だった。内蔵がねじれていくようなイーノのアレンジを聴き「何じゃこりゃ?」と思った。
 あのかっこいいはずのサティスファクションがこんなになっちゃった・・・が、実はやぼったそうに聞こえてものすごく上手く料理されている。すぐ大好きになった。

おもしろみを見つけた瞬間だった。

 つまりトラベルボンバーズはこっちがそんな印象を持ってしまうくらい実は稽古をこなしているとみた。もちろん必要にして充分な量を。

 もうひとつ、特筆すべきは観客。
 観客が彼らを包み込み何をしてくれるかわくわくしながら注目している様子がよくわかる。ナント暖かいお客さん。素晴らしい環境になったと思う。
 彼らにとっては、この芸術村はアウェーなわけで、もしかするとボンバーズの本拠地「メロメロぽっち」での公演でこそ、その熱さ、一体感が炸裂しているのかも知れない。(金沢の真の街の演劇のメッカは実は「メロメロぽっち」なのか!?。)


 さて芝居は・・・あるときマニュアルにはない手順で事故が起きる。起こるべくして。
胸の線量計は何も反応せず、部屋のアラート表示が危険表示を示している。
その欺瞞に気づいたときには生徒も監督もみな倒れ息絶える。

 終劇には再び口上が、次回公演の事までが述べられ普段の通りの生活に返してくれる。
しかし、この作品を観る前とあとでは微妙にだけれどもそして明らかに普段の生活が、クリスマスが、違っているはず。
 そう信じたい意図を感じつつ。
 枯れ葉のようにその想いが堆積していった後のことを想い席を立った。

 作家の知性の豊かさと感性の鋭さ。それを理解し実行する座員のチームワークの良さがでた結果だと思う。


いしかわ演劇祭2011Cプログラム 2011/11/03
檄団トラベルボンバーズ「時に君は君でなく、そして僕は戸惑いの空間で揺れる旅を続けてしまう」
【作・演出】 熊野盛夫
【出演】 前このみ、宮本真奈、ル・高野男、野坂雄二、すぎぼう、平田よしわるし、角田ユリエ、たば、岡田直紀、田尻敦彦、石川雅明
【生演奏】 石川征樹、加納麻奈美
[2011/11/05 13:29] | シバイ | page top
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