仮設劇団ミリシーベルツ千秋楽

mSvs「ヤドカリの声」上演御礼 - 高田伸一

2011/11/01 (Tue) 03:47:57

まずは、やり終えた安堵。

金沢からでた原力雄さんという作家のすばらしい戯曲作品を現実の舞台にできた。

女優(と呼ばせていただきたい!)7人の力。

素晴らしい照明。

シンプルな、でも、これがなきゃどうにもならない部分が、とても良くバランスしたのがうれしい。

3.11以後、世の中は変わったことを、ゆめうつつに遊ぶのはもちろん、劇するところからこころみる。

あとはお客様のものです。

よくお越しいただきました。

ありがとうございました。



当日のご案内に寄せた拙文

原発事故が、演劇に突きつけているもの

高田伸一(仮設劇団ミリシーベルツ演出係/劇団110SHOW代表)


 まず、渦中にある事故原発周辺の方をはじめとする“我々”に「ひとときの時間を……」と衷心より申しあげます。 

「金融」「死の灰」「食品と放射能」「隠蔽」「発・送電分離」「特別会計と天下り原子力ムラ」「米国属国日本」「マスメディア情報利権」「電波幇間芸」「差別を食い散らかす原発」「CO2温暖化詐欺」「生物のこと」…。

 震災を原因とする原発犯罪事故は図らずも我々が暮らすこの世の中の仕組みのごく一部を浮き上がらせて見せてくれました。

 海外や国内マイナーメディアから聞こえてくる危機的で悲惨な状況と、あの日言い放たれた「直ちに健康を…云々」などという言葉に代表されるおびただしい数のアリバイの類とを比べるにつけ眼前に立ち上がってくるのは「二枚舌」という言葉。

 日々の生活を営む人々の側からと、支配する側からとでは、ものの扱い方や見方の隔たりがもの絶望的に大きいことの片鱗を垣間見た思いがします。

 演劇とは、劇場という時空に観客を中心とした緩やかなる集団を組織し、俳優の血肉を通して想像力を最大化させる行為であると考えます。

 しかし「3.11」は、今は否応なく「急場」で、想像力どころじゃないのだと迫ってきます。

 しかしだからこそ「劇」は、ありったけの想像力を使いアンテナをあげ、嗅ぎ分け、技を磨き、せめぎ合い、人々と現実の間に立ち、触発する時なのだと思います。

 これはそのまま「発狂」と言い換えてもいいでしょう。

 「劇」をする者が今しなければならないのは、その「狂」をもって身を挺してでも、この現実世界でヌケヌケと行われている「世紀の二枚舌」の「間」を埋めることだと考えます。

 今のこの取り返しのつかない現状を、情報利権屋の流す安全デマを疑う詩を、うたう。

 「劇」が想像を企てる事を自制したら 人間が人間である事をやめるようなもの。

 伸るか反るかはまだ続いていると信じたい。

[2011/11/02 08:14] | シバイ | page top
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