こわれたおもちゃをだきあげて

この国の秩序らしきものは一般国民の「積極的に知ろうとしない態度」によって保たれている。 メディアは国民の「積極的に知ろうとしない態度」につけこんでマインドコントロールをしている……

ここのところの超多忙がたたったのかインフルエンザB型を罹患しました。
ま、少し休めということなんだろうと思います。
熱が続くと気力が萎えるので、もうただ寝てるだけの生活でしたが、すこしタミフルも効いたようで、復活してきました。
ただ、お医者様によると冬のインフルエンザが今、密かに流行っていると。
「5月にインフルエンザなんて前代未聞」ということで、これも地球寒冷化の影響でしょうか?それとも空気中を漂うなにか良からぬものの影響でしょうか?それとも手を変え品を変えジワジワと口にいれるものから入り込んでくるなにかのせいでしょうか。困ったものです。
お医者様は「4月最終週まではA型、5月はB型が流行りだしている」という。
まだまだ流行りそうな感じです。
みなさまお気をつけ下さいませ。

さて気がつけば憲法記念日でした。外遊先で相手にされずイギリスとロシアだけで寂しくご帰還の“でん²”が2020年に憲法をでんでんと滑舌わるく甲高く唸ってみたらしいですが。

そういうことです。
多数の国が改憲を経験しているからと抜かすやからは、その国の憲法が、ザル過ぎた、あるいは出来がわるすぎたから修正したということも併せて言わないとね。

で、ランチャーすらハッキリ映っていない黒い棒状のものが上昇するCGのような映像と共に、北が!と叫ぶ“でん²”には、モリ・カケ疑獄対応で冷静に国会を止めましょう。

モリカケ疑獄

もう秘密保護法、安保法と悪法の3段目ともなると国会前もなかなか人が集まりにくいのかも知れませんが、戦術を変えただけです。
国民は、各野党(特に民進)に対してはこの天下の悪法“テロ等準備”の阻止のために遮二無二、国会開催拒否でいけと、檄を飛ばすべきです。

天下の国有地泥棒のTHE・アッキード・モリカケ疑獄を抱える現政権(“でん²”とミゾーユー)に審議させたら、国会審議そのものが「背任」といわれてもしかたがない。

森友学園&加計学園の総額500億にも上る売国的不正疑惑はケケ中やらが恩恵に与る「特区」利権の闇に繋がる。
例の粉もの(もはやマフィアか)をまさかの政権与党がねぇ・・・。
粉ものとは微妙に違う、アキエのはもの利権の青田買い。

Indigo AyakaさんのFBからたどってみてね。



熱が上がってきたので今日一日は寝てることにします。

泥憲和さんがお亡くなりになったそうです。 おしい人を亡くしました。 スゴイ論客だったのに・・・    合掌。



------------

「問題意識」をもつとは「変調方式」の一つを会得すること

普通は「芸」を産み出すことが芸能と言われています。
が、実は、肝心なことはその逆で、芸を読みとる力の方にあると思います。
その芸を読み取る力というのは、リテラシー ― literacyというと近いけれども、正解だともいえるしそんなにハッキリとした答え以外の他の答えもありそうな感じがします。
人が物事を読み取る時には、かならずModulation ― 変調、という一種のフィルターを通す事になります。
見る人の人生の違いやその考え方、置かれている立場、年齢、時間、etcによって、同じものを見ても同じふうには見えていない。
その見え方には、浅い、深いはあれども、そのどれを持ってして正解とは決して言えないのです。
ですので、その能(その時と場を得るということも立派な能)あるものによる「芸」は、ただそれを観ているだけのものではすまないのだろうと思うのです。
「その時と場を得るということ」に於いては幼稚園のお遊戯、老人会のリクリエイションのレベルから、伝統芸能の会に至るまで、その能力に出会った時、そこで見聞きしたこと、その経験、体験の奥にあるものに、耳を澄ませ、目を凝らし、嗅ぎ取り、吟味し、整える方法を探し、本質を読みとろうとしなければ、なんというか、・・・勿体ない、と思う。

その読み取る力が洗練されている「国」があるとします。
国が単一の方法で「芸」を評価するのではなく、有名無名関係なく、みな各々の方法を持っている。
「方法」というと抽象的ならば
「尺度」「モノサシ」としても良いでしょうし
「メガネ」としてもいいでしょう。
主体的な「標準」を持っている。
目利きが多い国。
目利きの中には優しい人もいれば、厳しい人もいる。激辛な人もいれば、なんでもOKな人もいる。
目の前で繰り広げられている「芸」を批判し、評価し、愛する力が高ければ、騙されることはないと思う。
やはり、資料や歴史を大切にし、いつでもだれでもさわることが出来る国というのが、強度的には高い国なのだと思う。



GENESISのサパーズ・レディー
この頃のGENESISを日本でリアルに知る人はまずほとんどいないと思う。
自分もずいぶん遅れて聞き始めたリスナーだった。
ピーター・ゲイブリエルはこの曲をいつも真剣に全身全霊を注いで歌ったという。
プログレッシブロックの最も良心的な作品の一つだと思う。
そしてそれはまさに「ロック」だと思う。
ファンタジーのようにも見えるし、オカルトのようにも見える、でもやはりそれは、「詩」の文化と歴史、素養、音楽の伝統の技法、時間芸術としての音楽と演劇、これらを綯い交ぜにして放り出した時に起きる化学反応に隠してリスナー、オーディエンスである人々に「警句」を発しているのだと思う。
「警句」を全身全霊で発している。
内容が大きいのでついファンタジーにして片付けてしまいたくなるが、そうではない。
目利きの多い彼の国はこのパフォーマンスを高く評価している。
「さもありなん」です。
この時代のどのパフォーマーも、ピーター・ゲイブリエルのこのパフォーマンスをどこかでリスペクトしていたに違いないと思います。
ピーター・ゲイブリエルは超絶技巧の先にある「問題意識」を体得したのだと思います。そしてそれはかれの良心に従ってバンドに持ち込まれ、名曲として結実したのだと思います。


今こそ、真にそう思う。




このページのトップへ

FC2Ad

Information

Search

Calendar

04月 « 2017年05月 » 06月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

 

原発反対

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

フリーエリア

  1. 無料アクセス解析